下垂体疾患とは
下垂体は脳の中(両眼の後ろ)にある内分泌臓器で、全身の各内分泌臓器へ指令を行っているいわば“ホルモンの中枢部”です。下垂体には前葉部と後葉部があり、前者からは主に6つ(GH・PRL・ACTH・TSH・LH・FSH:詳細は後述)、後者からは主に2つのホルモン(AVP・OXT)が分泌されています。下垂体に腫瘍や炎症、欠損(先天的・後天的)などを発症することによって起こるホルモン分泌異常を総称して下垂体疾患といいます。
文字通り身体の臓器・組織が成長するために必要なホルモンですが、成長期以降も分泌され代謝や日常生活に影響する大事なホルモンです。
乳汁分泌・妊娠維持に関わるホルモンです。
乳副腎皮質に分泌を指令するホルモンで、生命維持のために欠かせない最も重要な役割を担っています。
甲状腺に分泌を指令するホルモンで、代謝・活動性亢進のために欠かせないホルモンです。
卵巣・精巣にホルモン分泌を指令するホルモンです。
卵巣で卵胞の成熟を促し、精巣で精子形成に重要なタンパク質の産生を促します。
抗利尿ホルモンといわれ、腎臓に作用して水・電解質の調整を行います。
乳汁分泌を促し、幸福・愛情を感じるホルモンです。
下垂体機能低下症 ※
下垂体からのホルモン分泌が低下する病気です。例えば、腫瘍・嚢胞・炎症・術後・先天性/遺伝性疾患・出産・骨盤位分娩などにより発症します。多くのホルモンが分泌されているので、その分多くの症状を来します。年齢・ライフスタイル・合併症(代謝異常・動脈硬化・気分異常)などに応じて必要なホルモンの補充治療を行います。全ての分泌機能が失われるケース(汎下垂体機能低下症)もあれば、一部だけ分泌が低下するケース(単独欠損症)もあり、きちんとした評価が必要です。
以下が、問題となるケースです。
成長ホルモン分泌不全症(GHD)
成長ホルモン(GH)はその名の通り身体の成長促進に関わっており、小児期・青年期に分泌はピークとなります。20代以降は低下していきますが、その後も年齢相応の分泌をし(性差あり)健康・QOLの維持に大きな役割を果たしています。しかし、GHの分泌が何らかの原因で低下すると、以下のような症状や合併症を多彩に認めます。
- 症状
体重増加、倦怠感、スタミナ低下、集中力低下、意欲低下、記憶力低下、抑うつ、情緒不安定、体毛の脱落
- 合併症
糖尿病、脂肪肝、脂質異常症、心血管合併症(心筋梗塞・狭心症)、骨粗鬆症、サルコペニア(筋力低下)
GHの不足は寿命にも直結するので、早期の介入が必要です。 - 治療
GHDと診断された場合は、ホルモン補充治療が必要になります。自己注射を行うことで上記の症状や異常所見は改善し、QOL向上や合併症予防・生命予後改善につながります。
- 主な原因
下垂体術後、下垂体腫瘍、ラトケ嚢胞、トルコ鞍空洞症、頭部外傷、下垂体炎、特発性(原因不明) など
ACTH分泌不全による副腎皮質機能低下症
ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)は生命の活動・維持に必要な副腎皮質ホルモン(コルチゾール)の分泌を促します。ACTHの分泌低下に伴い副腎皮質ホルモンが低下すると、次の様な症状を認めます。
- 症状
食欲低下、倦怠感、意欲低下、頭痛、抑うつ、免疫力低下、顔面蒼白、低血圧、低血糖、やせ、体毛の脱落など
診断・治療が遅れると意識障害など生命に危険を及ぼします。 - 原因
高齢者の不定愁訴や精神疾患の原因の一つに挙げられます。特に、男性に多い「ACTH単独欠損症」がありますが、他の原因は以下となります。
下垂体術後、下垂体腫瘍、ラトケ嚢胞、トルコ鞍空洞症、頭部外傷、下垂体炎、特発性(原因不明)など - 検査
血中ACTH・コルチゾール測定、血中電解質測定・血糖値測定
MRIで下垂体を撮影します。 - 治療
適切な副腎皮質ホルモン補充療法を行います。
TSH分泌不全による甲状腺機能低下症
TSH(甲状腺刺激ホルモン)の分泌が低下した結果、甲状腺からホルモンの分泌が低下し甲状腺機能低下症となります。 症状は橋本病などと同様ですが、橋本病より症状は軽度であることや検査結果の解釈が困難で診断が遅れることもあり注意が必要です。 代謝が低下するので脂質異常・動脈硬化を発症し、心筋梗塞・狭心症といった虚血性心疾患のリスクとなります。確定診断のために、専門医の診察を受けることを推奨します。
- 症状
やる気がない・疲れやすい・うつ・目の周りや足がむくむ・体重増加・記憶力低下・寒がり・皮膚乾燥・眉毛の脱落・便秘・月経不順・不妊など
- 原因
下垂体術後、下垂体腫瘍、ラトケ嚢胞、トルコ鞍空洞症、頭部外傷、下垂体炎、特発性(原因不明)など
- 検査
血中TSH・FT3・FT4値、各自己抗体(除外診断のため)など
MRI検査で下垂体・視床下部の状況を確認します。 - 治療
適量の甲状腺ホルモン製剤(チラーヂン)を経口補充します。
LH/FSH分泌不全による性腺機能低下症
LHとFSHは性腺刺激ホルモンであり、男性では精巣からテストステロンを、女性では卵巣からエストロゲンを分泌させています。排卵後にはプロゲステロンが分泌されエストロゲン作用とのバランスを取っていますが、これらのホルモン分泌低下により男女共に性腺機能低下を認めます。
- 症状(男性)
性欲低下・ED・筋力低下・筋骨格減少(やせ)・体毛減少・意欲低下・集中力低下・不妊・伸長持続(若年発症の場合)
- 症状(女性)
月経異常・不妊・性欲低下・二次性徴欠如・更年期様症状
(遺伝子異常疾患の場合、上記のほかに肥満・低身長など特殊な症状を認めます。) - 原因
下垂体術後、視床下部・下垂体腫瘍、下垂体低形成、ラトケ嚢胞、トルコ鞍空洞症、頭部外傷、下垂体炎、遺伝子異常、特発性(原因不明)など
- 検査
血中LH・FSH(男女共通)・テストステロン(男性)・エストロゲン・プロゲステロン(女性)濃度など
脳MRI検査で視床下部・下垂体を評価します。 - 治療
原因に応じて治療は変わりますが、ホルモン不足を認めればホルモン補充治療を行います。中高年でも活力低下・筋力低下・骨粗鬆症・代謝低下を来たした場合は補充を必要とすることがあります。
AVP分泌不全による中枢性尿崩症
抗利尿ホルモン(バソプレシン)の分泌が低下する結果、著明な利尿が見られます。尿量は異常となり3L以上(多くの症例で5-6L以上)出てしまうことになります。重症例では極度に“水”が失われるため、血液中のナトリウム濃度が著明に上昇し消化器症状や意識障害を引き起こします。脳の口渇中枢が正常に機能して入れば、この異常な脱水状態を喉の渇きとして自覚するので、自ずと飲水行動を取るようになり、上記のような尿量に応じて大量の水を摂る(特に冷水を好む)ことになります。
- 原因
特発性(原因不明)・下垂体炎(免疫異常)・下垂体術後・外傷・家族性など
- 検査
血中AVP測定・血中/尿中ナトリウム測定・血清/尿浸透圧測定など
MRI検査で下垂体を撮影し、後葉部の状態を確認します。 - 治療
バソプレシン製剤の内服や点鼻による補充治療が必要です。
下垂体炎 ※
下垂体に何らかの原因で炎症が起き、機能が低下する疾患です。免疫異常が関わっていることが多く、妊婦に多いとされています。まずは炎症を抑える治療を行い必要なホルモンの補充を行いますが、急性期は重篤であることが多く、専門機関での集中治療を要する場合があります。
下垂体腫瘍
下垂体腫瘍は原発性脳腫瘍の全体の18.1%を占めるという統計があります。
主な下垂体ホルモン産生腫瘍を以下にお示しします。
1)GH産生腫瘍(先端巨大症・末端肥大症) ※
下垂体にある成長ホルモン(GH)産生細胞が腫瘍になって、ホルモンが過剰に分泌される病気です。文字通り身体の各組織を“成長”させるので、成人後発症ですと身長が伸びる代わりに四肢指が肥大化したり、顔の一部(額・顎)が突出したり、唇・鼻が肥大化し、舌が肥大化し声が低くなったりします(成人前発症では、骨端線が閉じていなければ身長は伸び続けます)。過剰なGHの刺激により、以下のような疾患が多く発症します。腫瘍は良性ですが、これらの合併症により予後が悪くなるというデータが存在します。
- 甲状腺腫瘍(良性)
- 消化管腫瘍(胃ポリープ・大腸ポリープ)
- 高血圧(塩分貯留作用)
- 糖尿病(糖新生作用)
- 心不全(心肥大化作用など)
- 睡眠時無呼吸症候群
- 月経異常
- 関節障害
腫瘍そのものが大きければ、頭痛や目の症状(見えにくい)といった症状もみられます。それでも気付かず、医療機関でも診断されずに病気は進行するのです。本症の診断に至るまでに約10年かかるという統計もあるほどです。治療は主に下垂体の腫瘍を切除する手術を行います(第一選択)。
2)PRL産生腫瘍(プロラクチノーマ) ※
下垂体にあるプロラクチン(PRL)産生細胞が腫瘍になって、ホルモンが過剰に分泌される病気です。乳汁分泌ホルモンと言われており、本症では授乳中でなくても乳汁が分泌されます。また卵巣機能・女性ホルモンを抑制するため、月経不順・無月経にもなります。男性でも乳汁分泌が見られ、性欲低下・EDで発見されることもあります。
治療は、他の下垂体疾患と違い、薬物治療に良好に反応することが多いので、第一選択となります。薬物に抵抗するケースや腫瘍が大きい場合は、専門機関で手術することも考慮しなければいけません。
3)TSH産生腫瘍 ※
甲状腺を刺激するホルモンであるTSHの産生細胞が腫瘍となり、ホルモンが過剰に分泌される病気です。甲状腺機能亢進症(バセドウ病など)と症状は同じであり、動悸・発汗・震え・苛立ち等を認めます。採血・画像検査により鑑別を行っていきます。
治療はホルモンの働きを抑える薬物の内服治療や手術治療になります。
4)ACTH産生腫瘍(クッシング病) ※
副腎皮質を刺激するホルモンであるACTHの産生細胞が腫瘍となり、ホルモンが過剰に分泌される病気です。副腎疾患であるクッシング症候群と症状は同じです(クッシングサイン)。副腎皮質ホルモンが過剰になるため、糖尿病・高血圧・脂質異常・骨粗鬆症・尿路結石などを発症します。本症では、腫瘍が小さいケースもあり、画像診断では発見されにくいこともありますので、診察・ホルモン採血(ACTH・コルチゾール測定)による評価が重要となります。
薬物治療や手術治療・放射線治療を行いますが、多くは難治性です。
※本症もサブクリニカルクッシング病という無症状のタイプがあります。
5)LH/FSH(ゴナドトロピン)産生腫瘍 ※
性腺(卵巣・精巣)を刺激するホルモンであるLHやFSH(ゴナドトロピン)の産生細胞が腫瘍となり、ホルモンが過剰に分泌される病気です。ただし、本腫瘍はホルモン産生能・分泌能は低いことが多く症状を呈さないことが多いため、実臨床では“非機能性”腫瘍として扱われることが多いです。逆に、無症状でホルモン異常もないのですが、術後の病理診断で本症と診断される非機能性下垂体腫瘍の例も多いです。実は、下垂体腫瘍の半分近くはこれに該当すると考えられます。
症状としては、ホルモンによるものより、腫瘍の増大による頭痛や神経症状、視野症状、眼球運動障害などがあります。非常に稀ですが、ホルモン症状では小児で二次性徴が早期から見られたり、性腺の腫大や男性では女性化乳房を認めます。
前述の通り、ホルモン症状がない分無症状で進行し、画像検査で偶然見つかることもあるため巨大化しているケースもあります。
治療は内視鏡手術になりますが、場合によっては拡大手術といって開頭して広範囲に治療することもあります。
※この他、複数のホルモンを分泌する腫瘍のケースもあります。